デームス, イェルク
Performer
イェルク・デムス(Jörg Demus, 1928年12月2日・ザンクト・ペルテン - )はオーストリアのピアニスト。日本では、パウル・バドゥラ=スコダとフリードリヒ・グルダとともに「ウィーン三羽烏」と呼ばれる。 11歳の時にウィーン音楽アカデミーに入学、そこでウォルター・ケルシュバウマーの教えを受ける。同院ではハンス・スワロフスキー、ヨーゼフ・クリップスから指揮を、ヨーゼフ・マルクスから作曲を学んでいる。1942年、在学中に楽友協会で演奏しデビューするが、1945年に卒業した後もパリでイヴ・ナットに師事、その後ザルツブルク音楽院のマスタークラスでヴァルター・ギーゼキングに教えを請うなど研鑽を積む。ヴィルヘルム・ケンプ、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ、エドウィン・フィッシャーの教えを受けたことでも知られる。 1953年ウィーンで本格的な活動を開始し、1956年のブゾーニ国際コンクールで優勝、世界的なピアニストとなる。カラヤンや小澤征爾などの指揮の下で演奏することを好んだが、ソロとしてもバッハ、モーツァルト、シューマンなどドイツ人作曲家の音楽を弾いて活躍した。また室内楽や歌手の伴奏者も務め、エリーザベト・シュヴァルツコップやディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ、ヨーゼフ・スークらのパートナーとして知られた。ヨーロッパ、アメリカはもちろん、オーストラリア、アジアへも頻繁にツアーを行い、日本へも数回来日している。 モダン楽器と古楽器の用法を演奏し、同じく古楽器に関心のあるバドゥラ=スコダとしばしば共演した。ベートーヴェンのピアノ・ソナタの解釈についての共著も出している(Die Klaviersonaten von Ludwig van Beethoven. Brockhaus、1970年)。 父親は美術史家のオットー・デームス、母親はバイオリニスト。 [ 資料は百科事典 ウィキペディア Wikipedia から ]
Work
- イタリア歌曲集
- さすらい人の夜の歌Ⅰ Op. 4 No. 3, D. 224
- 初めての喪失 D. 226
- 月に寄せて D. 296
- 御車クロノスへ D. 369
- 竪琴弾きの歌 I Op. 12 No. 1 D. 478
- 竪琴弾きの歌 III Op. 12 No. 2/D. 479
- 湖上にて Op. 92, No. 2, D. 543
- プロメテウス D. 674
- ミューズの息子 Op. 92 No. 1/D. 764
- さすらい人の夜の歌 II Op. 96, No. 3, D. 768
- リーダークライス Op. 24
- ミルテの花 Op.25
- 7つのリート Op. 48
- 5つのリート Op. 49
- 8つのリートと歌 Op. 59
- スペインの歌遊び Op. 74
- Album of Songs for the Young, Op. 79
- 子供のための歌のアルバム Op. 79
- 6つのリート Op. 85
- 6つのリート Op. 86
- 5つのリート Op. 94
- 4つのリート Op. 96
- ミンネシュピール, Op.101
- 5つのリート Op. 105
- スペインの愛の歌 Op. 138
- Three Songs from William Tell, S. 292
- 竪琴弾きの歌 III Op. 12 No. 3/D. 480
- 3つの詩 Op. 30
- 詩人の恋 Op. 48
- 9つのリートと歌 Op. 63
- 5つの歌 Op. 71
- 5つの歌 Op. 72
- 4つの厳粛な歌 Op. 121
- Three Sonnets of Petrarch, S. 270
- 祖先の墓 S281/R601
- おお!私が眠りにつくときには S. 282
- それは素晴らしいこと S314/R590
- 三人のジプシー S320/R612
- 花とそよ風
- 私は力と生気を失った S.327
- 汝マールリングの鐘 S328/R621
- 即興曲第2番 ヘ短調 Op. 31
- 即興曲第4番 作品91
- 即興曲第5番 作品102
- クラリネットソナタ 第1番 ヘ短調 Op.120 No.1
- クラリネット・ソナタ 変ホ長調 Op. 120, No. 2
- 前奏曲、コラールとフーガ M. 21
- 前奏曲、アリアと終曲 M. 23
- Nocturne No. 6 in D flat major, Op. 63
