クラウス, クレメンス
Performer
クレメンス・クラウス(Clemens Heinrich Krauss, 1893年3月31日 - 1954年5月16日)はウィーン出身の名指揮者。 クラウスの演奏スタイルは、細部まで極めて緻密に仕上げられ、かつ速めのしなやかなテンポによる緊張感にあふれたものである。また、その音楽から立ちのぼる匂うような優雅さ、高貴さ、艶やかさはやはりウィーン人ならではというべく、この特質はモーツァルトのオペラや、リヒャルト・シュトラウスの交響詩やオペラ(たとえば「ばらの騎士」「サロメ」「アラベラ」など)、ヨハン・シュトラウス2世のワルツ・ポルカなどにおいて発揮されたといえる。クラウスがウィーンで非常な人気を誇った理由に、彼の典雅な演奏スタイルと貴族的な容姿にあったであろうことは想像に難くない。クラウスの指揮はいわゆる「ウィーン風」の典型として見られることも多いが、たとえば同じウィーンの指揮者ヨーゼフ・クリップスなどのように古典性の枠から出ないものではなく、クナッパーツブッシュやシューリヒトに並ぶ濃厚な個性に裏付けられている。 クラウスの指揮ぶりはリヒャルト・シュトラウスと同様、非常に無駄のない小さい身振りでオーケストラから最大限の能力を引き出すというものだった。クラウスに師事したオトマール・スウィトナーによれば、当時の指揮者でバトンテクニックに優れていたのはクラウスとハンス・クナッパーツブッシュであったという。 また、芸術に対する厳しい姿勢もあり、ハンス・ホッターは「舞台上演の後に練習をすることもあった」と語っている。 ウィーン生まれの指揮者で大成した存在は意外と少なく、戦後まで活躍した中で世界的大指揮者の域に達したのは(現在もなお)クラウスとエーリッヒ・クライバーしかいない。クライバーは(息子のカルロスもそうだが)ウィーン的伝統とは鋭く対立することが多かったこともあり、クラウスの名は「最後のウィーンの巨匠」として今なお懐旧と畏敬を込めて語られ続けている。[ 資料は百科事典 ウィキペディア Wikipedia から ]
Work
- ドン・ファン (交響詩) Op.20
- 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」 Op. 28 TrV 171
- ツァラトゥストラはこう語った (交響詩) Op.30
- 英雄の生涯 Op.40
- 家庭交響曲 Op.53
- ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 Op. 19
- ピアノ協奏曲第4番 (ベートーヴェン), ト長調, Op. 58
- ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 「皇帝」 Op. 73
- ピアノ協奏曲第2番 (チャイコフスキー) ト長調 Op. 44
- サロメ (オペラ) Op. 54, TrV 215
- カプリッチョ Op. 85 TrV 279
- 楽劇「ニーベルングの指環」,WWV 86:ワルキューレ
- ジプシー男爵
- こうもり (オペレッタ), Op.363
- ピッツィカート・ポルカ
- ナクソス島のアリアドネ
- アルト・ラプソディ 作品53
- イタリアから Op.16
- 交響詩「ドン・キホーテ」 Op. 35 TrV 184
